Share

第38話 帝王の檻

Author: 柳 雪音
last update publish date: 2026-06-25 06:43:59

地下駐車場に冷たい沈黙が残っていた。

佐伯は神崎怜の背中を見つめる。

そして、ため息を吐いた。

「神崎家を捨てる選択はなかったのか?」

怜は足を止めた。振り返らない。

数秒の沈黙の後――口を開いた。

「……答えるメリットがオレにない」

佐伯は額を押さえた。

「はー……お前って奴は本当に……」

呆れたような声だった。

「じゃあ、一つ教えてやる」

その声に怜の視線が僅かに動く。

「身内に気を付けろ。最近、きな臭い動きをしている」

地下駐車場の空気が張り詰める。

「……親戚連中なら、いつものことだろう」

「……親戚連中なら、な」

怜は少しだけ目を細めた。

「……なるほど」

それだけだった。驚きも焦りもない。

佐伯は苦笑する。

「その反応を見る限り、察しはついてるみたいだな」

怜は何も答えなかった。

佐伯は深く息を吐く。

「で?」

「……」

「神崎家を捨てる選択はなかったのか?」

今度は真っ直ぐに尋ねた。

怜はしばらく黙っていた。

換気扇の音だけが響く。

「……無いな」

短く答えた。

佐伯の表情が変わる。

「……!」

思わず一歩踏み出した。

「なぜだ!」

声が地下駐車場に反響する。

「アイツ
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 雲城市の黒い契約 ~追放花嫁と檻の帝王~   第42話 幸せの在処

    白石は答えられなかった。「それで、君はどう幸せになるんだ?」会長室は静まり返っている。(どう幸せになるか、だって?そんなこと、どの口が言うんだーー?!)神崎家が、どれだけの人を苦しめて来たか……白石は拳を握りしめて言葉を探した。だが見つからない。神崎グループに入る理由なら説明できる。会社を変えたい。自分の力を試したい。だが——。自分がどう幸せになるのか。そんなことを考えたことはなかった。蓮は静かに言った。「ハッキリさせておく」白石は顔を上げる。「オレは家族より会社を優先する」その声に迷いはなかった。「安全な職場。従業員の命。そういうものが第一だ」窓の外に広がる雲城市を見ながら続ける。「収益はそのための手段に過ぎん」白石は黙って聞いていた。「仕事と仲間への敬意」蓮は淡々と言う。「オレはそれだけで生きている」静かな言葉だった。だが不思議な重みがあった。「だから」蓮は白石を見る。「お前に父親らしいことをしてやれるとは思わん」白石は何も言わない。「白石悠真、君が神崎グループに加わるというなら、仲間として歓迎しよう」長い沈黙。やがて蓮は立ち上がった。「話は以上だ」そして付け加える。「IT分野には期待している。存分に励むように」僅かに笑った。次郎と怜は待合室で控えていた。「悠真は、これまでどうしていたんですか?」怜が尋ねる。「何だ、知らないのか?」次郎は肩を竦めた。「システムエンジニアだよ」「……」「雲城市で神崎グループ以外の資本でも生きていける数少ない仕事だ」次郎は笑う。「もっとも取引先はほぼ神崎グループだがな」怜は黙った。次郎は続ける。「よっぽど嫌いだったんだろうな。神崎家が」「……」怜は静かに尋ねた。「なぜ呼び戻したんです?」次郎は目を瞬いた。「いやいや」苦笑する。「あいつが応募して来たんだよ」「……」「本当に偶然だ」怜は黙って次郎を見つめる。「……悠真には、穏やかに暮らして欲しかった」怜がポツリと言う。「会長もそうお思いのはずです」しばらく沈黙が続いた。「あー……その……」次郎は胸元から銀色の缶を取り出した。カシャカシャと振る。「ミントタブレット、食べる?」その時。会長室の扉が開いた。

  • 雲城市の黒い契約 ~追放花嫁と檻の帝王~   第41話 再会の眼差し

    神崎グループ本社最上階。会長室。大きな窓の向こうには、朝の雲城市が広がっていた。神崎蓮は執務机に向かい、報告書に目を通している。その向かいには神崎怜が立っていた。「青海財閥との業務提携は保留にするのか?」「はい」怜は資料を閉じた。「条件は悪くありません。ただ、気になる部分があります」「NDAは結んであるんだろう?」「はい。私の権限で」蓮は小さく頷いた。「まあ、用心に越したことはないな」その時だった。コンコンコン。扉が叩かれる。「会長、社長がお見えです」蘇我美玲の声だった。「新任のIT推進部長のご挨拶を、と」怜が僅かに眉をひそめる。「IT推進部長……」そんな人事異動が発令されていただろうか。蓮も首を傾げた。「初耳だな。通してくれ」扉が開く。「失礼します」神崎次郎が入室した。その後ろに一人の男が続く。「次郎、異動の発令は事前に——」蓮の言葉が止まった。怜もまた言葉を失う。朝日が差し込む会長室。そこに立っていたのは。「紹介します」次郎は穏やかに言った。「新任のIT推進部長、白石悠真です」白石は一礼する。「白石です。どうぞよろしくお願いいたします」静寂。蓮はただ白石を見つめていた。「白石……」その眼差しは温かかった。まるで長い冬を越えて差し込む朝日のように。だが、それ以上の言葉は出て来ない。白石もまた黙っていた。怜は二人の様子を見守り、次郎へ視線を向けた。次郎は小さく頷いた。「白石君、外で待っている。話が終わったら声を掛けてくれ」「……承知しました」怜も立ち上がる。「失礼します」扉が閉まった。会長室に残されたのは父親と実の息子ーーその二人だけだった。しばらく沈黙が続く。蓮は言葉を探した。しかし、なかなか見つからない。やがて蓮は観念したように本心を告げた。「……綾子は元気か?」「はい」白石は答えた。「母は元気です。苦労もしましたが」蓮は小さく頷く。「そうか」そして続けた。「君は?」白石は少しだけ笑った。だが、いつもの木漏れ日のような笑顔ではない。「……ご覧の通りです」「そうか……」蓮は噛み締めるように言った。「そうか」再び沈黙が落ちる。やがて蓮は静かに尋ねた。「君は、これから何をしたいんだ?」「え?」白石は僅かに目を見開いた

  • 雲城市の黒い契約 ~追放花嫁と檻の帝王~   第40話 帰還

    白石悠真が車内に乗り込むと、重厚なドアが静かに閉まった。外界の音が消える。柔らかな革張りのシート。深く沈み込む座面。木目の美しいインテリア。車内には微かに柑橘系の香りが漂っていた。(……趣味が悪い)白石は窓の外へ視線を向ける。黒塗りの高級車は静かに走り出した。「似合っているじゃないか」向かい側のシートに腰掛けた男が言った。神崎次郎。神崎グループ副会長。白石は無愛想に答える。「……冗談でしょう?」視線を落とす。ベージュのダブルスーツ。上質なウール生地は柔らかな光沢を帯びていた。身体に合わせて仕立てられたシルエットは完璧だった。高級品であることは疑いようがない。「若いんだからいいだろう」そう言って白石を眺める。まるで品定めをするように。「……最初は母親似だと思ったが」次郎はふっと笑った。「鼻の形は神崎だな」白石の表情が僅かに硬くなる。「兄貴によく似ている」車内に沈黙が落ちた。白石は窓の外を見たまま言う。「……やめてください」「ん?」「父を父親だと思ったことはありません」次郎はしばらく黙っていた。やがて小さく笑う。「そうか」そして、わざとらしく付け加えた。「だが兄貴は喜ぶだろうな」「……」「実の息子が戻ってきたんだからな」白石は何も答えなかった。答える価値もない。街の景色が流れていく。雲城市。自分を育てた街。そして同時に、全てを奪った街。車は静かに神崎グループ本社へ向かっていた。次郎は胸ポケットから銀色の缶を取り出した。カシャカシャ。中身を手のひらへ落とす。ミントタブレットだった。「食べるか?」「……結構です」即答だった。次郎は吹き出す。「ははっ」そしてタブレットを口へ放り込んだ。「そう気負うなよ」白石は黙ったままだった。窓の向こう。雲を突き刺すような高層ビル群が見え始める。その中心に立つ一棟のビル。神崎グループ本社。次郎は楽しそうに笑った。「ほら」白石はゆっくりと視線を上げる。巨大なガラスの塔が朝日に輝いていた。「お前の舞台にな」

  • 雲城市の黒い契約 ~追放花嫁と檻の帝王~   第39話 灯り

    深夜一時。大型トラックは静かにサービスエリアへ滑り込んだ。凛はハンドルから手を離し、小さく息を吐く。「ふう……」エンジンを切る。それだけで世界が驚くほど静かになった。研修を終え、長距離輸送の仕事を始めて数週間。まだ慣れないことも多い。それでも、自分の手で大きな車体を操り、荷物を運ぶ仕事は嫌いではなかった。窓の外を見る。大型車両用の駐車スペースには、同じように休憩を取るトラックが何台も並んでいた。凛は売店で買ったあんぱんの袋を開ける。「いただきます」小さく呟く。甘い餡の香りが広がった。少し疲れた身体に、優しい甘さが染み渡る。休憩スペースの端まで歩く。夜風が頰を撫でた。その先には、雲城市の夜景が広がっていた。無数の灯り。高層ビルの窓。住宅街。工場。港湾部のクレーン。赤い航空灯。まるで地上に星空が落ちてきたようだった。「綺麗……」思わず声が漏れる。凛はフェンスに手を置いた。遠くに見える灯りを眺める。数え切れないほどの灯り。「この灯りの一つひとつに…… ちゃんと人がいるんだなあ」当たり前のことだった。けれど、こうして街を見下ろしていると、不思議と胸が温かくなる。遠くで大型トラックのエンジンが唸りを上げた。次の目的地へ向かう時間だ。凛は残っていたあんぱんを一口で食べる。そして空を見上げた。星は見えない。それでも街は明るかった。まるで、誰かが守っているみたいに。「よし」凛は小さく笑う。「私も頑張ろう」そう言ってトラックへ向かって歩き出した。雲城市の新しい日は静かに始まっていた。* * *そして、同じ日の朝——「お迎えに上がりました ——白石悠真様」垂水と名乗る初老の老人は、恭しく白石に傅いた。背筋は真っ直ぐに伸び、その佇まいには長年仕えてきた者だけが持つ品格があった。「……ありがとう」白石悠真は、ダイニングライトを消し、アパートを出た。

  • 雲城市の黒い契約 ~追放花嫁と檻の帝王~   第38話 帝王の檻

    地下駐車場に冷たい沈黙が残っていた。佐伯は神崎怜の背中を見つめる。そして、ため息を吐いた。「神崎家を捨てる選択はなかったのか?」怜は足を止めた。振り返らない。数秒の沈黙の後――口を開いた。「……答えるメリットがオレにない」佐伯は額を押さえた。「はー……お前って奴は本当に……」呆れたような声だった。「じゃあ、一つ教えてやる」その声に怜の視線が僅かに動く。「身内に気を付けろ。最近、きな臭い動きをしている」地下駐車場の空気が張り詰める。「……親戚連中なら、いつものことだろう」「……親戚連中なら、な」怜は少しだけ目を細めた。「……なるほど」それだけだった。驚きも焦りもない。佐伯は苦笑する。「その反応を見る限り、察しはついてるみたいだな」怜は何も答えなかった。佐伯は深く息を吐く。「で?」「……」「神崎家を捨てる選択はなかったのか?」今度は真っ直ぐに尋ねた。怜はしばらく黙っていた。換気扇の音だけが響く。「……無いな」短く答えた。佐伯の表情が変わる。「……!」思わず一歩踏み出した。「なぜだ!」声が地下駐車場に反響する。「アイツらはお前の父親を――」怜は静かに遮った。「お前が孤児院の頃からオレを気にかけてくれているのは知っている」「……」「だが、オレは神崎を恨んでいない」佐伯は言葉を失った。怜は続ける。「親父の死は事故だった」その声はどこまでも落ち着いていた。まるで何度も自分に言い聞かせてきた結論のように。「オレが親父でも同じようにする」「……」「そして……」怜は小さく息を吐く。「オレが当時の神崎蓮でも、同じように責任を果たそうとするだろう」佐伯は理解できなかった。いや、理解したくなかった。目の前の男は、父を失った少年ではなく、既に組織を背負う側の人間になっていた。怜はゆっくりと天井を見上げる。無機質な蛍光灯の光が降り注いでいた。「組織は檻のようなものだ」ぽつりと呟く。「家も同じ。人の繋がりは……鎖なんだよ」「……」「利害としがらみに縛られて、気付けば身動きが取れなくなる」佐伯は黙って聞いていた。怜は続ける。「だが――」地下駐車場に静かな声が響く。「その檻の中でしか出来ないこともある」「……」「人の中でしか守れないものもある」佐伯は何も言えなかっ

  • 雲城市の黒い契約 ~追放花嫁と檻の帝王~   第37話 戻らない

    地下駐車場に沈黙が落ちる。冷たい蛍光灯の光がコンクリートの床を照らしていた。佐伯は黒い封筒を指先で軽く叩く。「……どうなんだ?」神崎怜は封筒を見つめたまま、静かに答えた。「そうだ」あまりにも静かな声だった。「一条凛は、オレが撃たせた」換気扇の低い音だけが響いた。「本当だったのか……なぜ?」怜はしばらく黙っていた。そして短く答える。「守るためだ」佐伯が眉をひそめる。「は?」怜は続けた。「黒蛇会が動いていた」「それは知っている」「狙いは一条凛だった」地下駐車場の空気がわずかに張り詰める。「だから撃った?」佐伯は呆れたように笑った。「正気の沙汰じゃない」怜は否定しなかった。「……そうかもな」短い返事だった。その横顔に迷いはない。佐伯はため息を吐いた。「他に方法はなかったのか」怜は答えない。代わりに視線を落とした。「少なくとも、あの時のオレには思いつかなかった」それが後悔なのか、諦めなのか。佐伯には分からなかった。「一条凛が知ったらどう思う」その言葉に怜の表情は動かない。「知ったところで何か違うのか」「……何だって?」佐伯は思わず聞き返す。「知ったところで何か違うのか、と言ったんだ」怜は静かに言った。「オレが撃たせた事実は変わらない」「……それは…」佐伯は言葉を失った。「理由があれば許されるのか?それは違うだろ」怜は続ける。「一条凛は血を流した。」怜は黒い封筒を見つめる。「オレが流させたんだ。それは変わらない」地下駐車場に冷たい沈黙が広がった。やがて佐伯が口を開く。「説明する気はないのか」怜は少しだけ笑った。笑ったというより、諦めに近かった。「お前は自分を撃った奴の弁明を聞きたいか?」そして小さく呟く。「もう戻らない」怜はゆっくりと顔を上げた。その瞳は驚くほど静かだった。「それだけだ」佐伯は何も言えなかった。神崎怜は最初から分かっていたのだ。あの日。引き金を引かせた瞬間から。自分が何を失うのかを。「……最初から、そのつもりだった」怜はそう言って歩き出す。地下駐車場に残された佐伯は、ただその背中を見つめていた。「ーー怜、一つ教えてくれ」

  • 雲城市の黒い契約 ~追放花嫁と檻の帝王~   第19話 すれ違う残像

    乗用車は交差点の少し先で、ゆっくりと停車した。「失礼」運転手がドアを開けるより早く、怜は自らドアを開けた。交差点の方を見る。一条凛の面影を見た、あの交差点を。しかし、そこには——誰もいなかった。信号はすでに青に変わり、歩行者たちは行き過ぎた後だった。「どうされました?」部下が慌てて怜に駆け寄る。「ああ……」怜はハッと我に返った。「すまない……何でもなかった」怜は再び車に乗り込み、ドアを閉めた。表情は完璧に無表情を保っていたが、膝の上の拳は強く握り締められていた。(……どうかしている)車を止めさせた理由など、自分でも説明できない。もし本当に一条凛だったとしてーー

  • 雲城市の黒い契約 ~追放花嫁と檻の帝王~   第18話 シグナル

    「はあ、洗剤って一度にまとめて買うと、ちょっと重いよね……」凛は交差点の信号を見上げた。ちょうど、赤に変わるところだった。「あー、間に合わないかー。まあ、ゆっくり行こう」凛は歩く速度を落とした。肩の傷は完全に癒えたわけではない。それに、今の凛に急ぐ理由など、なかった。交差点に差し掛かる。「あ、白石さんから連絡が来てる」凛はスマートフォンを取り出した。「洗剤、買えた?だって。」白石からのメッセージに、凛の心がふんわりと温かくなった。「ふふ。買えましたーっと。家に帰ったら、返信しよう」自然と笑顔が溢れる。その目の前を——黒塗りの乗用車と大型バスが走り去った。乗用車の

  • 雲城市の黒い契約 ~追放花嫁と檻の帝王~   第17話 黒い視線

    神崎グループの黒塗りの高級車は、雲城市の中心街を滑るように走っていた。神崎怜は、今朝、自宅で執事から受けた報告を反芻していた。「一条凛は、3日ぶりに外出されました。 病院からの報告通り、怪我はごく軽症で、生活に支障はない様子でした」初老の執事・垂水は淡々と説明した。「そうか……それは……」怜は低く応えた。窓枠に置いた手に、知らず知らずのうちに力が入る。(彼女には、申し訳ないことをした。オレが巻き込んでしまったばかりに……)「彼女にも、新しい人生を歩んで欲しい」(自分からは、なるべく遠い人生を……)怜は遠くを眺めた。窓の外には、朝日に輝く新緑が広がっていた。「ええ、

  • 雲城市の黒い契約 ~追放花嫁と檻の帝王~   第16話 新しい生活

    「……だからかな」白石は、小さく笑った。「知り合いでも、そういう人がいたんだ」「え?」凛は白石を見つめる。白石は目を細めて凛を見つめ返した。「いや、なんか、放っておけないな、と思って。一条さんのこと」二人の間に再び沈黙が流れる。しかし、今2人を包み込んでいるのは、真心の温かさだった。やがて、口を開いたのは白石だった。「お茶、もう一杯淹れようと思うんだけど、一条さんも飲む?」「え、あ、はい・・・!」凛は慌てて頷いた。「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」「えっと……紅茶で」「了解」白石はキッチンへ向かった。やかんから立ちのぼる湯気を眺めながら、凛は胸の奥が少しだけ軽

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status